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かわさきマイスター紹介

洋菓子士  浅谷 理明さん

地域に密着した菓子づくりを大事にする本格派パティシエ

浅谷さんはヨーロッパ各国で研鑽を積み、オーストリア菓子を基礎に美味しい洋菓子を製造しています。新商品の開発・研究に熱心に取り組み、和風材料を活用した洋菓子や地元の名前を冠したシュークリーム「中野島シュー」などが評判です。新しい技術や情報を熱心に得ており、技術の伝承や社会活動にも積極的です。洋菓子をつくる喜びを強く感じ、自己研鑽、後進の指導、そして社会貢献を行っています。地域の絆を大事にする、常に前向きなマイスターです。
プロフィール
浅谷 理明さん
 
川崎市生まれ。昭和47(1972)年、東京経済大卒業後、都内の菓子店に就職。51年渡欧、イギリス、フランス、スイス、オーストリア各国で修業し、57年に帰国。60年10月、出生地・中野島で「マリアツェル」をオープン。現在に至る。
多摩区在住 有限会社マリアツェル経営
これは、浅谷さんの技能を紹介する動画です。クリックしてご覧ください。

浅谷さんについて教えてください

始めるきっかけは何でしたか?

学生時代にお菓子屋さんでアルバイトしたことがあり、それがきっかけで洋菓子づくりの世界にはまりました。
学生時代にお菓子屋さんでアルバイトしたことがあり、それがきっかけで洋菓子づくりの世界にはまりました。
大学時代にお菓子屋さんでアルバイトしたことがあり、それがそのままずっと職業になってしまいました。ホテルの調理場で皿洗いのバイトをしたこともあり、食には縁があったようです。そんなわけで大学を卒業して代々木の菓子店に住み込みで就職。その後、渋谷の店に移り、そこでフランス帰りの菓子職人と出会い、お菓子づくりの原点を学びました。そして51年7月に渡欧、イギリスを振り出しにフランス、スイス、オーストリアなど各国のホテルやレストランで働き、洋菓子やフランス料理などを勉強しました。57年に帰国するまで6年間、日本には一度も帰っていません。向こうでは言葉の壁にぶつかり苦労しました。資格もお金も持っていなかったし、外人労働者のため一方的な解雇も経験しました。それでもいろいろ経験して日本に戻りました。帰国して3年間、菓子の卸屋で働きましたが、自分でやったほうがいいかなと思い、60年に独立しました。

やっていて1番面白いと感じることは何ですか?

お菓子が売れた時が一番うれしいですね。やっているうちにヨーロッパのコピーでは駄目だということが分かりました。
お菓子が売れた時が一番うれしいですね。やっているうちにヨーロッパのコピーでは駄目だということが分かりました。
それはやっぱり、自分でつくったお菓子が売れた時ですね。
店を持って最初に洋菓子を売り出した頃は、向こうで学んだものをコピーしてつくっていたのですが全然売れなくて、これは駄目だと今度は自分なりに改良した味を出してみたら、これが売れたのです。デパートや卸販売ではヨーロッパ味のコピーは通用したのですが、自分の店を持ってみるとそれがさっぱりだったので、地域店の難しさを感じました。向こうの味は甘すぎて日本人には合わないようです。地元産品を使って地域の味を作り出すのが必要だと思い、オリジナル商品を考えるようになりました。

長年、継続して技能研鑽に努めることが出来たのはなぜですか?  (他の道に行こうと思わなかったですか?)

地元で人気の「中野島シューラスク」。サクサクとしたシュー皮とバター、アーモンド、クリームのハーモニーがなんともいえぬ食感を出しています。
地元で人気の「中野島シューラスク」。サクサクとしたシュー皮とバター、アーモンド、クリームのハーモニーがなんともいえぬ食感を出しています。
独立して地域性を考えながら商品づくりをしてきたことがよかったと思います。オープンして最初の頃は卸も半分ほどしておりましたが、デパートやホテルへの納品はただつくって納めれば済みました。南武線はすでに開通し駅前という立地でしたが人出は少なく、途中で病気に倒れたこともあり大変でした。そこへたまたま先輩が訪ねてきて、「地元の名前を付けた商品を出したら」と教えてくれました。早速「中野島シュー」と名付けたシュークリームを売り出しました。やや固めに焼き上げたシュー皮にアーモンドとフレッシュバターをたっぷり加えた香ばしいシュークリームです。サクサクとしたシュー皮とバター、アーモンド、クリームのハーモニーがなんともいえぬ食感を醸し出す、今では当店自慢の定番商品になっています。同じ開発商品「中野島シューラスク」とともに、地元のお客様に大変好評です。

苦労したことはありますか?

ケーキ屋は朝早くから仕込みが始まり、仕事はきついです。ある日突然、店員が全員辞めていってしまった苦い経験もあります。
ケーキ屋は朝早くから仕込みが始まり、仕事はきついです。ある日突然、店員が全員辞めていってしまった苦い経験もあります。
日本人の嗜好にあった菓子作りで苦労しました。さっき言ったようにヨーロッパのコピーではダメなんです。例えばカステラは向こうはカラカラの食感ですが、日本ではしっぽりとしたものが好まれます。チョコレートもかつてはスイスのものが一番日本人に合っていましたが、その後嗜好が変わって今ではベルギー産が好まれていますよね。生クリームも同じように変化があります。味の好みの変化による材料選びが大変でした。
ただ、最近は懐古志向といいますか、昔の味が好まれることもあり、ヨーロッパ風の味であっても以前向こうに行ったことのある人から「あぁ、懐かしい味ですね」と言って喜ばれることもあります。
従業員集めにも苦労しました。開業して10年くらいは他の菓子屋さんの二世が修業のために来てくれましたが、その後ぱったりと人が来なくなり料理学校の生徒にアルバイトを頼むようなこともありました。ある日朝、店に来てみたら全員やめてしまっていて誰もいなかったという苦い経験もあります。ケーキ屋は夜遅くとか早朝から仕込みが始まり、確かに仕事がきつい面はありました。自分は当たり前だと思っていましたが、今の若い人には耐えられないのでしょう。もっとも私自身、ヨーロッパで修行中、店長とケンカしてやめてしまったことがありましたから、若いうちはちょっときついと辛抱できないんですね。

自分が誇れる、自信のある卓越した技能を教えてください 

日頃ごひいきになっているお客様から「味が変わりましたね」と言われないよう、毎日一定の味を保てるように心がけています。
日頃ごひいきになっているお客様から「味が変わりましたね」と言われないよう、毎日一定の味を保てるように心がけています。
毎日同じ味のものをつくることを心がけています。ものづくりを長くやっていると、だんだん飽きてしまうものですが、菓子づくりに当たって私はいつも一定の味をお客様に提供することをモットーにしています。試食しないで出したりしていると、お客様から「味が変わりましたね」と言われてびっくりすることがあります。仕入れた材料がメーカーのほうで味を少し変えたりしていると、こちらは同じものと思っていつものようにつくくりますが、出来上がった味はまったく違ってしまうことがあるんです。特に輸入素材の場合は気を付けなければなりません。

ものづくりについて教えてください

ものづくりの魅力を教えてください。

イメージ通りにお菓子が出来上がるのが魅力です。それが売れれば一層うれしくなりますね。
イメージ通りにお菓子が出来上がるのが魅力です。それが売れれば一層うれしくなりますね。
自分のイメージ通りにお菓子が出来上がる醍醐味ですね。それが売れれば、なおさらうれしくなります。特に地域に密着した商品を企画開発していく楽しさは、苦労もありますがケーキづくりの大きな魅力です。それがヒットすれば、地域活性化にもつながりますから、やりがいもあります。特にこの業界は8割方、女性で占められていますから、女の人にとっては魅力的な仕事なんでしょうね。

かわさきマスターに認定されて良かった点を教えて下さい

いろいろな人と知り合いになれたのが良かったです。手の仕事っていいなと、あらためて思いました。これからマイスターの立場を活用して、もっと菓子づくりについて小・中学生ら子どもたちに興味を持ってもらえるような活動をしたいと思っています。

後継者を育成するため、何に取り組まれていらっしゃいますか?

今のところ店を継ぐような決まった後継者はいませんが、スタッフをお菓子教室に通わせたりして後進の指導には力を入れています。開業して25年になりますが、これまで100人くらい教えてきました。しかし、実際に経営者としてお店をやっている人は6人位ですか。勤めた店でチーフなどに就いている人も15、6人位でしょう。結構厳しい世界です。
菓子職人になるには専門学校に行くのもいいでしょうが、高校を出ていきなり現場に入ってしまうのも技術を覚えるのには早くていいと思います。
どっちにしても、この仕事は食べ物への興味を持つことが基本です。そして下ごしらえというか、菓子をつくる前の仕込みの大事さを知ることです。レストランにいた頃、前菜ばかり作らされて「コックじゃあるまいし、こんな仕事をするためにいるんじゃない」と頭にきたこともありますが、その頃は下ごしらえの大事さを知りませんでした。海外にいた時も全く別の仕事をさせられ、「なんでこんなことを」と思ったことが再三ありました。基本を学ぶには、こうした作業も必要だということが後でわかりました。

これから「ものづくり」を目指す方たちへアドバイスをお願いします

ウイーン郊外にある街の名を付けた「マリアツェル」は、JR南武線「中野島」駅から歩いて1分もかからない好立地にあります。
ウイーン郊外にある街の名を付けた「マリアツェル」は、JR南武線「中野島」駅から歩いて1分もかからない好立地にあります。
お菓子だけではなく、幅広く何にでも興味を持つことが大事です。フランスにいた時は、よく美術館に行って絵を見ました。なんでこんな色を使っているんだろうと考えながら鑑賞していると、ケーキなど料理の色合いを考える時に生きてくるんです。また、上司や先輩がよく外食に誘ってくれました。貧乏だったのでてっきりおごってくれるものだと思ってついていくんですが、いつも自腹でした。しかし、これも指導の一環だったわけで、ものづくりは多方面に感心を向けることが大事だということを教えてくれていたのです。何にでも興味を持って幅広い知識を付ければ、応用力がついて独立した時に役立ちます。

最後にこれからの活動について教えてください

フランスでは50歳前後のいちばん儲かっている時に、自分の店を売ってしまって引退する人が多いですが、私はずっとこの仕事を続けていきたいと思っています。向こうは世襲以外、地域で新しく参入して開業することができない仕組みになっていますので、別の人が菓子店をやりたい場合、既存の営業権を買って引き継ぐというのが一般的のようです。職人の技が、日本とは違う形で次の世代へ引き継がれていくのですね。
清潔で明るい店内。ショーケースにはお客様を待つおいしいスウィーツがところ狭しと並んでいます。
清潔で明るい店内。ショーケースにはお客様を待つおいしいスウィーツがところ狭しと並んでいます。
人気商品はすぐ売り切れてしまいますが、この日は午前中「中野島シュー」(左下)がまだ少し残っていました。                      
 
 
 
 
 

 

どうもありがとうございました。
浅谷さんは開業する前、20歳代に6年間もヨーロッパ4カ国で菓子づくりの研鑽を積んだ本格派パティシエです。しかし、本場の味をただコピーするのではなく、日本人の嗜好に合わせたスウィーツの研究に意欲を燃やし、今も地域に愛される洋菓子づくりに余念がありません。

川崎市の技能者や職人の皆様を紹介する映像番組「The 職人魂」でも、紹介されました。

【問合せ先】  
マリアツェル

■所在地   多摩区中野島3-14-6
■電話    044-932-8829
■FAX     044-932-8829
■営業時間  9:00~19:00
■休み    火・第2、第4水
■HP          http://www.fantasista.net/mariazell/
■e-mail      web357@fantasista.net