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かわさきマイスター紹介

金属ヘラ絞り  大浪 忠さん

大浪忠さんは横浜スタジアムの照明用反射板や球形をはじめ、部品などを金属ヘラ絞りの技術、技能を駆使して制作してきました。ヘラという金属の棒を回転する金型に丸い金属の板を押し付けて円錐、円柱、半球体などの形に仕上げる金属ヘラ絞りは経験と感触が問われます。大浪さんは積み上げた経験と感触に加え、妻の美津江さん、息子の友和さんと息の合った作業で質の高い製品を生み出しています。また、大浪さんはこれまで難素材といわれ絞りにくいモリブデン、チタンなど特殊な素材にも挑みお客様要求に応えています。大浪さんは、人々の生活に欠かせない製品を世に送り出しています。
プロフィール
大浪 忠(おおなみただし)さん

宮城県石巻市出身。中学校を卒業後、東京都品川区の板金加工の一種である金属絞りの会社へ入社。ここで金属絞りについて学び、技術を身につけ、仕事仲間5人で会社を設立。1982年に独立し相和(あいわ)シボリ工業を立ち上げる。金属ヘラ絞りのなかでとくに難しい「深絞り加工」を得意とし、さらに人間の動きを覚えさせたとおりに動かす機械の自動絞り機を設置することで、自動絞り機での量産と人間の手に頼らないとつくれない「一品物」まで注文に応えています。
平成23年度認定かわさきマイスター。
高津区在住。有限会社相和シボリ工業代表取締役。
これは、大浪さんの技能を紹介する動画です。クリックしてご覧ください。

大浪さんについて教えてください

始めるきっかけは何でしたか?

東京に居る兄から機械を使っていろんな形のものをつくる仕事の話を聞き、興味をもちました。中学校を卒業すると、東京に出てきて五反田(品川区)のヘラ絞りの工場で働くようになりました。これが、私がヘラ絞りの職人になるきっかけです。
私が働くようになったころの工場の中は、張ってあるベルトがビュンビュン回って機械を動かしていました。力がかかるものにとりかかると、ベルトが機械の輪からはずれましてね。仕事がなかなか進まず、苦労しました。モーターから直接機械を動かす今の仕事は、あのころと比べると、やりやすいですね。

やっていて一番面白いと感じることは何ですか?

お客様に「つくってほしい」と注文があり、とても細かい注文を受けて仕事をしています。とにかくがんばって、お客様に注文に応えられた形に出来上がった製品を納めて、喜ばれたときはとても嬉しいですね。ヘラの仕事は面白いなと思います。
お客様から、絞りの仕事を評価していただくと「ものづくり」としての喜び、やりがいを感じます。

長年、継続して技能研鑽に努めることが出来たのはなぜですか? (他の道に行こうと思わなかったですか?)

ヘラ絞りという仕事をみんなで「飽(あ)きないで、商(あきな)い」をしてきたから、長く続けてこられたのだと思います。
どんな技術でも同じだと思いますが、技術はこれで良いとか、終わりということはないですよね。次々といろんな難しいことに遭います。お客さんから、経験したことのないもの、とても応えられないと思うような注文もきます。素材も難素材といわれる絞りにくいものもあります。
職人として頑固に、製品をつくり出すために挑戦しなければと思って仕事をしてきました。新しいものにも積極的に挑戦してきました。挑戦する意識がないと仕事は続かないと思います。失敗もしましたが、いつも勉強をしなければと思い、勉強しながらここまできました。このことが技術、技能を高める力になってきたと思います。

苦労したことはありますか?

ヘラ絞りの会社に就職したのに、工場の掃除や下働きが続きました。職人は他人に自分の仕事を教えたら、自分の仕事を取られる不安があるので、他人に教えたくない気持ちになるのです。この気持ちはわかります。私の場合、休み時間に、先輩の職人から「やってみるか」と声をかけられ、ヘラを持たせてもらうことがありました。そのときは、うれしかったですね。みんなが休んでいるときに、一生懸命、ヘラを使えるようになろうと、頑張りました。技術を身につけるうえで、このことが最初の苦労だったかなと思います。私にとって、そういう先輩、人にめぐりあえて、ヘラ絞りの仕事ができるようになりました。
仕事が減ってきたとき、思い切って年間売上くらいの投資をして量産できる機械の導入をしました。銀行には笑われました。平成元年(1989年)でしたね。支払いに悩み、苦労しましたが、歯を食いしばって、みんなで力を合わせて仕事をし、乗り越えてきました。
東日本大震災・大津波で(宮城県石巻市で暮らす)身内4人を亡くし、実家も流されてしまいました。最悪でした。葬式をすませて、気持ちを切り換え、がんばって生きようと思い、なんとか立ち直って仕事をしています。

自分が誇れる、自信のある卓越した技能を教えてください

喜んでもらえるものをつくるのには素材選びも大切なことです。注文がくると、図面を見て伸び率のよい素材を選びます。絞っている最中に割れる悪いものもありますから、気を使います。金型をつくり、1個絞ってみて良ければ、その素材を使います。
(金属ヘラ絞りは)板をしわが出ないようにして注文の形にします。しわになる悪い絞りになったらおしゃかですからね。これまでの経験もあって、体の動かし方やどれぐらいの力で絞れば良いかは体が覚えていますので、自然に絞れます。そうはいうものの、どんな絞りでも神経を使います。
難素材のモリブデンの場合、女房と息子が補助について、3人がかりで対応します。総動員かけなければ絞れないのです。硬いので女房がバーナーで火をあてて柔らかくする中、私が体中の力を使ってヘラで絞ります。みんなで「もうちょっと…」「そういう感じ」などといいながら火の色をみながら感覚で火の温度を調節し、絞っていきます。
経験と経験で得た感覚で、お客様に喜んでもらえるよう、きれいな絞りを心がけてきたことが誇りです。

ものづくりについて教えてください

ものづくりの魅力を教えてください

人生のほとんどを、ヘラ絞りという仕事をしてきました。いつも思うのですが、素材である(金属の)1枚の板を思い通りヘラで操って、板をヘラに馴染ませて絞れたとき(製品に出来たとき)、自分のしている絞りという「ものづくり」の仕事に魅力を感じます。

かわさきマスターに認定されて良かった点を教えて下さい

かわさきマイスターに挑戦して受かるわけないと思っていました。夢にも思っていなかった(平成23年度に)5人しか認定されない、マイスターに認定してもらい、自分たちのヘラ絞りの仕事が評価され、仕事にすごく自信がつき、誇りを持てました。
また、マイスター認定をきっかけに、いろんな方々から声をかけられるようになりました。(仕事の)お話しもいただきました。みんなで一手間、二手間かけて、きれいな製品をつくってお客さんへ届けるようにしなければと心新たにしています。

後継者を育成するため、何に取り組まれていらっしゃいますか?

まわりの方を見ていると、代を継がせるのは難しいことだと思います。私が元気なうちに息子にヘラ絞りの仕事を移していきたいと思っていました。幸い、息子がヘラ絞りに興味をもってくれ、いっしょに仕事をしてくれるようになりました。息子へ私の技能や保持しているものを伝え、応援しています。
ヘラ絞りという職種がどんなものか知らない人は多いと思います。そのため、多くの人に知ってもらえるようにするための活動に協力しています。

これから「ものづくり」を目指す方たちへアドバイスをお願いします

「ものづくり」に興味があり、やる気さえあれば、ヘラ絞りの仕事はできます。我慢強く歯を食いしばって仕事をする、難しいなと思うものでも挑戦する意識をもっておれば、技術、技能を自分のものにすることができます。

最後にこれからの活動について教えてください

マイスターに認定され、「独自の製品をつくったらどうか」とのお話しをいただきました。そういうこともあって(工業デザイナーの)平川貴啓さんがデザインしてくださった金属のビアカップをヘラ絞りでつくり、東京ビッグサイトで開催された(2月8日~同10日)「ギフトショー」に出品しました。コップは底が深いので、絞るのは大変難しいのですが、なんとかみんなで絞れました。こういうことにも今後、挑戦したいと思っています。また、学校にも訪ねるなどして、ものづくりの喜びを感じてもらえるように地域のためになることをしようと思っています。

どうもありがとうございました。東日本大震災では故郷が被災し、心に大きな穴が空いたようだったと話す大浪さん。それでも家族の支えがあり、踏ん張ることができかわさきマイスターに認定されました。これからは仕事の中心は息子さんに任せて、ご自身はかわさきマイスターの活動に積極的に取り組んでいきたいとのことです。

川崎市の技能者や職人の皆様を紹介する映像番組「The 職人魂」でも、紹介されました。

【問合せ先】  
有限会社相和シボリ工業


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